そんなこんなで恐怖の1週間は過ぎ、またとても楽しい生活を送っていました。
基本的に、ジム通い&友達と会ったり、図書館が充実しているので図書館へ行って本やDVDを借りたり、日本でろくにしなかった料理を頑張ってみたり(!)。なんとレーズン+水で自分で酵母を育て、自家製酵母のパンを作ったりもしていました。本当に幸運なことに、近くにたくさんの外国出身の方が住んでいるので、各国料理を教わったり、逆に日本食を教えてあげたりしました。ウクライナの友達は”ワカメ”と"ゴマ"が大好き。なので、とっても簡単な、ワカメとキュウリの酢の物(+ゴマをふりかける)を教えてあげたり、豆腐のお味噌汁を作ってあげたり。ピロシキの作り方を習ったり。1週間に一度は、両方の実家に電話をして(アメリカ赴任前に私&ダンナの親に、I pad miniをプレゼント。I cloudで写真が共有できるし、電話も"Facetime"ボタンを押すだけなのでとっても簡単!)近況報告や、去年10月に産まれた可愛い可愛い甥っ子とお話してみたり。
なんだかそんな、のんびりした日々を過ごしていました。
そんな中で、またもや、生理の予感・・・
運悪く、ダンナさんが別の州に出張した、その日の昼から腹痛が 始まりました。
夜7時頃、腰がとても重くなり、これは早く寝ないと大変なことになるかもしれない という予感から、2階の寝室にあがり、電気を消して、寝ることにしました。
・・・おそらく3時過ぎだったと思います。(目覚まし見ました)
腰がとても痛くて目が覚めました。
最初、腰だけがおかしかったので、ゴロゴロとベッドの上を左右に転がって緩和させようと試みました。
でも、、、痛みはどんどんひどくなり、吐き気がしてきたのです。
そして、腰だけではなく、胃、腸、子宮、背中 全てが激痛となり、
ベッドのやわらかいクッション性のマットレスに寝ていることがとても辛くなってきました。
急遽ベッドを降りて、床に寝転がり、常に吐きそうなのでゴミ箱を抱えてうずくまる。
この状態がおそらく、3〜4時間以上は続いたと思います。(そのうち外が明るくなってきました)
本当にきつくて、救急車を呼びたいと思ったほど。
これほど辛いのは初めてでした。
いつも2,3日目はベッドに横になって休んでいましたが、比べ物にならない痛み。
楽観的な私でも、何か私の体の中で悪い事が起こっているのではないか と感じてきました。
救急車、アメリカは非常に高額、かつ保険適用外のため、我慢して、乗り越えました・・
優しいダンナさんがもし家に居たら、心配して絶対パニックになっていたと思います。
なので、居なくて正解だったかも、、と思うほどでした。
基本的に、ジム通い&友達と会ったり、図書館が充実しているので図書館へ行って本やDVDを借りたり、日本でろくにしなかった料理を頑張ってみたり(!)。なんとレーズン+水で自分で酵母を育て、自家製酵母のパンを作ったりもしていました。本当に幸運なことに、近くにたくさんの外国出身の方が住んでいるので、各国料理を教わったり、逆に日本食を教えてあげたりしました。ウクライナの友達は”ワカメ”と"ゴマ"が大好き。なので、とっても簡単な、ワカメとキュウリの酢の物(+ゴマをふりかける)を教えてあげたり、豆腐のお味噌汁を作ってあげたり。ピロシキの作り方を習ったり。1週間に一度は、両方の実家に電話をして(アメリカ赴任前に私&ダンナの親に、I pad miniをプレゼント。I cloudで写真が共有できるし、電話も"Facetime"ボタンを押すだけなのでとっても簡単!)近況報告や、去年10月に産まれた可愛い可愛い甥っ子とお話してみたり。
なんだかそんな、のんびりした日々を過ごしていました。
そんな中で、またもや、生理の予感・・・
運悪く、ダンナさんが別の州に出張した、その日の昼から腹痛が 始まりました。
夜7時頃、腰がとても重くなり、これは早く寝ないと大変なことになるかもしれない という予感から、2階の寝室にあがり、電気を消して、寝ることにしました。
・・・おそらく3時過ぎだったと思います。(目覚まし見ました)
腰がとても痛くて目が覚めました。
最初、腰だけがおかしかったので、ゴロゴロとベッドの上を左右に転がって緩和させようと試みました。
でも、、、痛みはどんどんひどくなり、吐き気がしてきたのです。
そして、腰だけではなく、胃、腸、子宮、背中 全てが激痛となり、
ベッドのやわらかいクッション性のマットレスに寝ていることがとても辛くなってきました。
急遽ベッドを降りて、床に寝転がり、常に吐きそうなのでゴミ箱を抱えてうずくまる。
この状態がおそらく、3〜4時間以上は続いたと思います。(そのうち外が明るくなってきました)
本当にきつくて、救急車を呼びたいと思ったほど。
これほど辛いのは初めてでした。
いつも2,3日目はベッドに横になって休んでいましたが、比べ物にならない痛み。
楽観的な私でも、何か私の体の中で悪い事が起こっているのではないか と感じてきました。
救急車、アメリカは非常に高額、かつ保険適用外のため、我慢して、乗り越えました・・
優しいダンナさんがもし家に居たら、心配して絶対パニックになっていたと思います。
なので、居なくて正解だったかも、、と思うほどでした。



